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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)252号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人は控訴人に対し、

(一) 原判決別紙目録(一)記載の土地について

1 奈良地方法務局昭和四三年五月一三日受付第九三七七号をもつてなした同年四月三〇日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記

2 同法務局昭和四五年九月二四日受付第二〇九三五号をもつてなした同月五日譲渡担保を原因とする所有権移転登記

(二) 原判決別紙目録(二)記載の建物について同法務局昭和四五年九月二四日受付第二〇九三六号をもつてなした同月五日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記の各抹消登記手続をせよ。

四  被控訴人は控訴人に対し、右建物を明渡し、かつ昭和四八年二月一六日から明渡済みまで一か月三〇万円の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

六  第四項につき仮執行の宣言

(被控訴人)

主文と同旨

第二  当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

(控訴人)

一  昭和四三年四月三〇日の代物弁済予約とこれを原因とする同年五月一三日付仮登記について

(一) これは、訴外服部尋史が控訴人の父服部安男、母服部松枝の名義を冒用してしたものである。

(二) 少なくとも、母松枝には無断でなされたものであり、かつ被控訴人はこのことを了知していた。

(三) 仮にそうでないとしても、これは父安男の債務(服部興業株式会社の連帯保証人としての債務)についての担保提供であるから、控訴人と安男の利益相反する行為である。

(四) したがつて、右代物弁済予約とその仮登記は無効であるから、被控訴人がなした昭和四四年一〇月一日の予約完結の意思表示も効力を生じない。

二  昭和四五年九月五日の譲渡担保契約(本件土地について)、代物弁済予約(本件建物について)とその同月二四日付各登記について

(一) 右各契約等も、親権者母松枝に無断でなされたものであり、被控訴人はこのことを了知していた。

(二) また、右契約は、親権者父安男の債務についてなされたものであるから、利益相反行為に該る。

三  控訴人の特別代理人として高山シヅコが選任されたことについて

(一) 右選任の申立は、弁護士酒井圭次が控訴人の代理人としてしたとされているが、控訴人の父安男、母松枝はその手紙を同弁護士に委任したことがない。

(二) 少なくとも、母松枝は右手続を委任したことがない。夫安男にそれを委したこともない。

(三) 高山シヅコが本件和解における控訴人の担保提供を追認したことは争う。

1 高山は、右和解において連帯保証人となつているから、特別代理人としての適格を欠く。したがつて、同人が追認しても無効である。

2 右和解は、同人が追認したという昭和四六年七月三一日から有効となるべきもので、それ以前の事実関係をもつて、被控訴人が権利主張をすることは許されない。

四  仮に、以上の主張が理由がないとしても、本来、担保物件を代物弁済として取得する場合、物件価額が被担保債権を超過するときは清算金の交付を要する。本件についてみるに、被控訴人は、本件建物を二〇〇〇万円の、本件土地を一七五五万二六七八円の代物弁済として取得した。しかし、昭和四六年七月ごろ、本件土地、建物の価額は、六三〇〇万円を下らなかつた。したがつて、被控訴人はその差額金二五四四万七三二二円を清算金として交付すべきものであり、その交付または提供がない以上、代物弁済の効力は発生しない。

(被控訴人)

一  本件土地、建物について控訴人主張の各登記手続は、いずれも控訴人の親権者である父安男がしたものであり、母松枝は父安男の行為を黙示的に承認していた。

二  仮に母松枝が本件に全然関与していなかつたとしても、当時、安男と松枝との婚姻関係は事実上破綻し、控訴人と松枝とは長く別居していたのであり、松枝は親権を行なうことができない状態(民法八一八条三項但書)にあつたから、安男が親権者として単独でした行為の効力が妨げられることはない。また、父母の一方が共同の名義で子に代つて法律行為をしたとき(同法八二五条)にも該当し、かつ、被控訴人は松枝の委任がないことは知らなかつた。

三  控訴人の特別代理人選任の申立に松枝が関与していなかつたとしても、同人と父安男の共同の名義で安男がしている以上、申立は有効であり、仮に然らずとするも、裁判所の選任行為自体の効力に影響はないから、高山シヅコが特別代理人としてした追認は有効である。

第三  証拠(省略)

理由

一  本件土地、建物について、いずれも被控訴人を権利者ないし所有者とする、控訴の趣旨三(一)1、2、(二)の各登記がなされていること、被控訴人が本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。

二  訴外服部興業株式会社(以下、訴外会社という)が南都銀行から四〇〇〇万円の建設機械購入資金を借受けるにあたつて、右訴外会社と被控訴人との間で昭和四三年四月三〇日建設機械金融保証契約が締結されたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一号証、第一二号証、(乙第二五号証も同一)、原本の存在につき争いがなくかつ服部安男作成名義部分の成立については争いがない乙第二号証、原審証人酒井圭次、同服部安男、同服部尋史の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人を原告とし、訴外会社、服部安男、服部尋史、控訴人、高山シヅコを被告とする大阪地方裁判所昭和四四年(ワ)第七二五一号、同四五年(ワ)第一八一六号所有権移転登記手続等請求併合事件について、昭和四五年一二月二二日裁判上の和解が成立したこと、右和解で控訴人を代理したのは弁護士酒井圭次であるが、同弁護士が和解をも含めた訴訟追行の委任を直接受けたのは、控訴人の親権者としての父服部安男からであること、しかし、委任状(乙第二号証の原本)には安男とともに母服部松枝が委任者として記載(記名、押印)されていること、和解の骨子は控訴人に関しては大要左記のとおりであることが認められる。

(一)  訴外会社が被控訴人に対し、金二億八六六〇万七一九二円に及びこれに対する昭和四四年九月二八日から支払済みに至るまで日歩二銭二厘の割合による金員の求償債務を負担していることを確認する。(和解調書第一条)

(二)  訴外会社は右求償債務を次のとおり分割弁済する。

1  昭和四六年五月末日 一〇〇万円

2  同年六月末日 二〇〇万円

3  同年七月末日 三〇〇万円

4  同年八月末日 四〇〇万円

5  同年九月から一二月まで毎月末日 五〇〇万円宛

6  同四七年一月から九月まで毎月末日 一〇〇〇万円宛

7  同年一〇月末日 九七六万八三六七円

8  同四八年三月末日 七〇〇万五三八三円

9  同年四月から同四九年二月まで毎月末日 一三〇〇万円宛

10  同四九年三月末日 六八三万三四四二円(同第七条)

(三)  控訴人は、右求償債務のうち金八四一七万一一二円の支払いを担保するためその所有の本件土地を被控訴人に信託譲渡し、かつ、右求償債務のうち金二〇〇〇万円の支払いを担保するため控訴人所有の本件建物につき代物弁済予約を締結する。

(同第二条)

(四)  控訴人は、本件土地につき譲渡担保を原因とする所有権移転登記、本件建物につき代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をすることに同意し、そのための必要書類を昭和四五年九月五日被控訴人に交付し、被控訴人はすでにそれぞれ所定の登記手続を完了した。(同第三条)

(五)  控訴人の親権者である服部安男は、母服部松枝とともに(三)の控訴人の担保提供行為につき、昭和四六年一月末日までに民法八二六条所定の手続をとる。(同第五条)

(六)  訴外会社が(二)の分割金の支払いを二回以上遅滞したときは、期限の利益を失う。(同第一〇条)

(七)  前項の場合、被控訴人は本件土地、建物の価額を資格ある鑑定人に鑑定させ、その鑑定価額で本件土地、建物を代物弁済として取得することができる。(同第一一条)

三  訴外会社が右和解に基づき昭和四六年五月末日及び同年六月末日かぎり支払うべき分割金を支払わなかつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一、二、第一三号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第三号証、当審証人辻本公一の証言を綜合すると、被控訴人は本件土地、建物の価額を鑑定のうえ、昭和四六年七月一五日本件土地を一七五五万二六七八円で、本件建物を二〇〇〇万円で代物弁済として取得する旨控訴人に通知したこと、同年三月一一日奈良家庭裁判所において、前記和解における控訴人の担保提供行為について、未成年者である控訴人(昭和三四年一二月二六日生)の特別代理人として高山シヅコが選任され、昭和四六年七月三一日同人が右和解による担保提供を追認したことが認められる。

四  以上に認定したところによると、被控訴人は訴外会社に対する債権の代物弁済として本件土地、建物の所有権を取得したものであるから、控訴人は被控訴人に対し本件建物について控訴の趣旨三(二)記載の仮登記に基づく本登記手続をなすべき義務があるというべきである。他方、控訴人主張の各登記の抹消、本件建物の明渡しと原審昭和四八年(ワ)第一二号事件訴状送達の翌日から明渡済みまでの賃料相当損害金を求める控訴人の請求は失当である。

控訴人は、右登記とその原因となつた約定について控訴人の親権者、少なくとも母松枝が関与しなかつた等の主張をする(控訴人の当審主張一及び二)けれども、その後の裁判上の和解において控訴人の担保提供が確認され、その和解条項にしたがい被控訴人が本件土地、建物の所有権を取得したものと認められる以上、控訴人の右主張は結論に影響を及ぼさないから、それについての判断を必要としない。

五  控訴人は、控訴人の母松枝が弁護士酒井圭次に対し訴訟代理権の授与をしたことがないから、右和解は控訴人に対して効力がなく、また右和解は控訴人と親権者との利益相反行為として無効であると主張する。しかしながら、民法八二五条によれば、共同親権を行使する父母の一方が、共同の名義で、子に代わつて法律行為をしたとき、その行為が他の一方の意思に反した場合でも、行為の相手方がこのことについて悪意でないかぎり、これがためにその行為の効力を妨げられることはないとされているのであつて、この法理は弁護士に対する訴訟委任のような訴訟行為の場合にも適用されるものと解される。これを本件についてみるに、前記認定したところでは、控訴人の法定代理人として、安男が松枝と連名で弁護士酒井圭次に(和解の権限を含めて)訴訟委任をしたものであるところ、それが松枝の意思に基づかなかつたとしても、訴訟委任の効力は妨げられず、したがつて弁護士酒井圭次は控訴人の訴訟代理人として、本件和解をする権限を有していたといわなければならない。また、前記認定したとおり、本件和解における控訴人の担保提供行為については、家庭裁判所の選任した特別代理人が後日追認しているから、右行為が親権者との利益相反行為になるとしても、右追認によつて行為の時に遡つて有効となつたと解される(民法一一六条参照)。

控訴人は、右特別代理人選任の申立は酒井弁護士が無断でなしたものであり、少なくとも母松枝は右選任申立手続を委任していないというけれども、特別代理人の選任の申立は共同親権者の一方のみでなすことができると解されるところ、前顕甲第五号証、原本の存在につき争いがなくかつ服部安男作成名義部分の成立については争いがない乙第三号証、酒井証言によると、特別代理人選任の申立は安男の依頼により酒井弁護士が、安男と松枝を申立人としてしたことが認められるから、申立の手続に瑕疵はない。また、控訴人は、高山シヅコが右和解の連帯保証人となつているから、特別代理人としての適格を欠くというけれども、控訴人は訴外会社(代表者は服部尋史、但し、弁論の全趣旨によると、その実質上の代表者は控訴人の父安男であると認められる)の債務のために担保を提供したのであり、高山シヅコが本件和解において右債務の連帯保証人となつたとしても、高山と控訴人とが利益相反するとはいえないから、高山に特別代理人としての適格がないということはなく、仮に同人が不適格者であつたとしても、家庭裁判所で選任された以上、当然にその選任の効力が否定されるわけのものではないから、適法な特別代理人の追認があつたというべきである。

六  控訴人は、清算金の交付または提供がない以上、代物弁済の効力は発生しないというけれども、控訴人の主張する本件土地、建物の価額六三〇〇万円は昭和四九年八月現在におけるそれであり(成立に争いのない乙第二六号証による)、前記認定事実と本件弁論の全趣旨によれば、被控訴人は本件物件を鑑定させたうえ昭和四六年七月当時の適正な評価額でこれを取得したことが明らかであり、清算すべき金員はないものと認められるから、控訴人の右主張も失当である。

七  そうすると、結局、被控訴人の請求(原審昭和四七年(ワ)第二二四号)は正当であり認容すべく、控訴人の請求(原審昭和四七年(ワ)第一二号)は失当として棄却すべきものであるから、これと結論を同じくする原判決は正当であつて本件控訴は理由がない。

よつて、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用したうえ、主文のとおり判決する。

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